男というのは、総じて、チャッカマンが好きだ(主語がでかい)。

 子供のころにいやいや墓参りに連れていかれた経験は誰しもあると思うが、線香に点火する瞬間だけは異様に盛り上がる。やっぱり、やりたくてしょうがなかった。火の取り扱いというと、大人も多分に気を使うため、子供にやらせることはまずないが、それ故に男児にとって、チャッカマンは「大人」を感じさせる羨望の対象だった。とはいえ大人のアイテムのくせに、子供が好みそうなセンスのいい名前(中学になるまで完全に俗称だと思っていた)と引き金をひくと火が出るギミック、小さすぎず大きすぎず手になじむいい塩梅で、玩具と呼ぶにふさわしいという矛盾を抱えているのも面白い。

 先日、スーパーでレジ脇にチャッカマンが無造作に並べられているのを見て思わず「ずるいところに並べている」とぼやきながら気づいたらカゴにインして会計タイムに突入した。本当にずるいとこに並べている。チャッカマンを買うことについてはなんら問題のないことだが、前述のように人一倍熱い気持ちがあるので、ちょっとだけ恥ずかしくて、チャッカマンのバーコードを読み取る瞬間だけ俯いてわけもなく尻をかいたりした。

 結局、チャッカマンを手に入れたところでこれといった使い道もないわけだが、単純にチャカチャカしているだけでも楽しい。やはり、引き金をひくと火が出るというギミックはロマンがあり、ワンタッチのロック機能がついているのも地味ではあるが玩具としての精度を高めている。安価で手に入る点も素晴らしい。

 チャッカマンで煙草に火をつけるのも中々に趣きがあって、二回ぐらいは意味もなくライターを使わずチャッカマンで点火するが、案の定二回ぐらいで飽きる。ただ手の届く場所に置いておくと忘れたころにまた二回ぐらいチャッカマンで点火して楽しい気持ちを味わえる。チャッカマンは楽しい。

 ちなみに今、手元にはチャッカマンが四本ある。毎年数本買う。意味もなく増え続けるチャッカマンを見ると、こういうのが貧乏なのだという実感がわく。