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 これが最後になると確信していたセックスが終わると、私は煙草を燻らせながら別れ話を切り出していた。好んで吸っているものと違うパッケージが私を苛つかせる。定番の問答を一通り済ませたところで、思い出したように詰め寄った。

「それはそうと、いつも九ミリって言ってるよね。」

 頼んでもないのに彼が買ってきてくれる煙草はいつもミリ数が違う。その旨を、その都度伝えても、彼は一つ下の六ミリを選ぶ。その違いは微々たるものだが、彼なりに私の健康を気遣ってくれているんだと思うとそんな小さな優しさが微笑ましい時期も確かにあった。

 少しの沈黙があり、彼は口を開いたが、煙草の話には触れていない。

「もしも魔法が使えたら、ぼく達の関係を修復できるのかな。」

 また子供じみたことを言い出したと、漏れそうになる溜息を堪えた。男という生き物には少なからずこういうところがある。少年の心を忘れていないだとか、時には純粋などという言葉を使って美化するような性質を私は嫌いであると同時に愛してもいた。彼との関係も、当時はひたむきと美化したアプローチに心惹かれたのが始まりだ。それも今となっては、しつこいというネガティブに置き換えられて同僚に愚痴られているのを知ったら、子供っぽい彼は泣いてしまうのだろうか。背中を向けていても、今、彼が爪を噛んでいるのは容易に想像できる。

 私はしばらく考えているようなポーズをとって、私の回答を示した。

「出逢わなかったことにできるなら、それが二人にとっても幸せじゃない?」

 付き合い始めて半年弱、半かば同棲のように互いの家を行き来する生活に慣れてしまった。相手の知らなかった部分、それは考え方であったり、仕草やくせのようなもの、自分のテリトリーに他人がいる感覚がとても新鮮で、日々の生活に彩りを与えていたものが、些細なことであっても、次第にそれが気になるようになって、そういう小さな綻びの積み重ね、いわゆる倦怠期ってやつかもしれないけれど、その程度で終わってしまうならそれまでとむしろ清々する。

「それじゃ、ぼく達、もう一度出逢って、はじめからやり直そう。」

 彼にきっと悪意はない。彼のそういう無邪気なところが好きだった。でも、今は腹立たしい。本気で言っていたとしたらなおさらだけれど、たとえ、それが機転を利かせたつもりのジョークだとしても、今は笑えない。ぼく、という一人称にすら苛立ちをおぼえはじめたところで、私はついに「まるで稚拙。」と口を滑らせて、終わったかなという手応えを感じた。

 肌寒いわけではない。ただ、服を着ていないのが恥ずかしくなって、私はベッドの上で体をくねらせると、いじけたような彼の姿が見えた。彼の爪を噛むくせは何度注意しても治らなかった。

 

 

 

 

はてなブログより提供、今週のお題「もしも魔法が使えたら?」。