インドに行きたくない。1

 友人の卒業旅行に付き添う約束はしていたのだが、よもやインドに行くとは思っていなかった。二人の間ではだいぶ前から話をしていたことだったが、どうやら現実味を帯び始めたのでここで経過報告していこうと思う。

 インドに行く理由は主に一つ。彼は彼なりに、「ガンジスで輪廻を感じる」だの、「宗教の強く根差した土地で寺社仏閣を巡りたい」だの、いかにも高尚であるかのように建前を語るのだが、その実、極上のトリップ体験を求めての渡航であることに他ならない。ただ、変に真面目なところがあるので、この建前が次第に本気になりつつあるところがまた彼らしく狂気を孕んでいる。どこまで本当かはしらないが最近は瞑想も始めたという話だ。

 同伴することが決まっているかのように話を進められている俺はどうかというと、インドに行きたくない。行きたくない理由は山ほどある上に、メリットになりそうなものが「話のタネになる」の一点しかない。これを言うと決まって「そんなんじゃいけないなぁ。」とぼやきはじめて、しまいには「それでは写真を撮ってシェアするために生きている低俗な人間と同じだよ。」と揶揄される。親にさせて頂いた短期留学の経験が寸分たがわず話のタネにしかなっていないことを考えればその批評は甘んじて受けましょうという情けない有様なのだが。

 行きたくない理由のその一、まず俺は、胃腸が極端に弱い。この日本ですら一年の内、腹を下してない万全の日など指で数えられる程度しかなく、実名を文字って「腹下しのグロエッティ」と自嘲する程度にクスリ(正露丸)漬けな毎日で、まして、インドなど考えるだけで腹の調子が悪くなる。慣れない食事が体調に影響することは二度の短期留学で散々味わったし、殊に、俺はスパイスに弱い。胡椒程度で胃腸が正常に機能しなくなり、カレーは日本風の甘口しか食べられない。中辛以上のものを食べると自然に壊れるように出来上がっている。キン肉マンとコラボしているココイチの前を何度涙を流して素通りしたことか。スパイスに関してはその匂いも駄目で、嗅ぐと腹を下す。スパイスではないが、匂いで言えば、アロマの類、ひいては、香水なんかも駄目で、刺激物にとにかく弱い。スパイスとアロマの楽園インド、旅好きの人間たちがおおよそ好んでやまないであろうその「エキゾチックな風」はもはや、吹き荒ぶやけつく息。要は俺にとってインドは地獄と同義と言っても過言ではない。単純に、元来胃腸の弱い人間には「インドで腹を下す」という文面に生命の危機以外の何も感じられない。俺は恐怖している。

 

 

2

 じめじめとした暑さで寝苦しさのあまり目を覚ます。窓の外を見ると、お天道様は真上に上っているような感じで、夏らしい青空が広がっている。

「天高く馬――」

 とまで言いかけ、これは秋の言葉だったと思い出し、夏の表現を探したが、寝ぼけた頭にそんな言葉は浮かんでこなかった。

 枕元のスマホの画面をつけると薄暗い画面に、十二時五十分、晴天、気温三十度とぼんやり白い文字が映し出される。

「これが七月ってやつかよ。一日からまったく手厳しいこって。」

 やおら起き上がって、テレビのスイッチを入れる。リモコンを操作して録画したアニメを画面に映し出すと前番組のケツから始まった。その隙に、と台所にコーラを取りに立ち上がる。一人暮らしですっかり駄目になってしまった俺は起き抜けに一本やるのが習慣になっていた。冷たいボトルをひねるとプシュッと景気のいい音がする。

「これだからやめられねえなぁ。」

 飲んでもいないコーラの味で喉を鳴らして悦に浸っていると、けたたましい音でテレビがアニメソングを歌う。

「はじまった、はじまった。」

 グイッとやって、散らかり放題の、ただこれを自分は、不規則の中に規則性を見出した秩序のあるものだと言い張る、要はきったねえ床の、見えている部分を半ばスキップでもするかのようにぴょんぴょんと慣れた調子で飛んでテレビの前に鎮座した。

 画面の中は夏。いかにも暑いぞと、言わんばかりに鳴く蝉の声を背景に、気怠そうな青年が教室で机にかじりついている。彼はやけくそ気味に後ろの席へ視線をやると、解き終えたテストに顔をうずめて気持ちのよさそうに眠る女の姿があった。もはや代名詞となった溜息をもらしながら、青年は神の不平等な采配に悪態をつく。

 なつかしいアニメの再放送を見ながら、過ぎ去った日々に思いを馳せる。このアニメをはじめて見た頃、あの頃はもっと生き生きと怠惰を享受していた。怠惰を享受する仲間がいた。俺はあと何年、大学生というモラトリアムに甘んじているつもりなのか。まあまあ切ない気持ちになって、今が西暦何年なのかを思案しながら煙草に火をつけた。

 

 

 

 今週のお題「テスト」。

 

 

 日付が変わって七月一日、二千十七年も半分が終了した。これは同僚のSさんが教えてくれた。「今年も半分終わったね。ところで、最近学校は行っているのかい?」手痛い質問に僕が苦笑いをするとSさんが笑いながら右肩を強めに小突いた。それが昨日の夕方。六月三十日、嗣永桃子がアイドルとしてのラストステージに立っていた頃だったと思う。

 大学生になってから、とは言うものの、ろくに大学生はやっていないが、この四年半の間に僕を形作ってきたコンテンツが次々と終わりを迎えた。ジャンプでは、ナルトやこち亀の連載が終了し、初めて吸った煙草のキャビンがウィンストンになった。ポール・ウォーカーが死んだ。そして、嗣永桃子がアイドルを辞めた。

 思えば、初めて自分で買ったCDはスッペシャルジェネレ~ションで、初めて買ったDVDはBerryz工房のシングルV集、初めて買った写真集はmomo16、初めて会った有名人は貴乃花だった。貴乃花でした。

 当時、あややが好きで、あややがたまに出るハローモーニングを見ていた。「女の子が見るやつよ」などと母に茶化されていたような気がするが、僕は画面に映るかわいい女の人たちに夢中だった。そんな時に番組内で経過報告されていたのが、モーニング娘。の妹分ハロープロジェクトキッズのオーディションだ。僕は菅谷梨沙子岡井千聖と同い年で、そんな同世代の素人がキラキラした世界へ踏み出そうとしている姿に心惹かれ、あややよりも近くに感じた。あれから、かれこれ十四、五年。僕の青春はほぼ、彼女たちと共にあった。

 ほぼ、というのは、アイドルオタクの性なるもので、一通りの浮気を経験してきた。その時代、その時代で、AKB48、SUPER☆GIRLS、ももいろクローバー、でんぱ組。チームしゃちほこの現場に一人で通う暗黒の時代もあった。今は虹のコンキスタドールむすびズムに好きな女がいる。それでも、こうやって、アイドルたちが日々にゆとりを与えてくれる人生になったのはハロープロジェクトハロプロキッズのみんながいてくれたからだ。

 中学のとき、CDをしこたま学校に持ち込んでオタク仲間に布教していたあの頃がなつかしい。狼(2chハロプロ掲示板)に張り付いて、オタクが雑にスキャナーで取り込んだ(埃とか普通に見える)馬鹿でかい生写真や行かないライブの情報を集めていたあの頃がなつかしい。DohhhUP!でミュージックビデオを見ていたあの頃。付き合ってるのに片思いが完全に踊れたあの頃。清水佐紀しみハムと呼ばれていたあの頃。活動休止宣言がショックで、一年半ぐらい意図的にハロプロ関連の情報をシャットアウトしていたあの頃も。全部、青春だ。

 一つの時代が終わった。今のオタクは知らないだろうが、一番すごかった頃のベリキューは女性アイドルシーンで「一強」という嘘みたいな時代もあった(モー娘の衰退期でAKB台頭前という対抗馬なしの時代だが)。そういう大きな時代と時代をつなぐミッシングリンク的な意味でも伝説のアイドルだったんだよ。懐古と呼ぶなら呼べばいい。僕はどうせ、女心をつんくの歌で学んだオタクだ。大事なことは全部つんくが教えてくれた。ベリキューが教えてくれた。

 最後に、月並みな言葉だけれど、一言、「ありがとう」とゆいたいです。インターネットの海に流せば、この言葉がいつか届くと信じて。届かなくてもいい、同志たちの気持ちが、世界をあったかい光で満たせるように、僕もその一人として発信する。